2011年3月31日木曜日

JR稚内駅


長年親しんできたJR稚内駅がリニューアルされます。新しいことはいいことだ!と思う一方で「あの最北の駅はあのままですか?寂しかった記憶があります」と本州に行って来られた方と話をすると決まって聞くフレーズです。そういう意味から言うと、少しさびしくなるかもしれませんね。新しい駅舎は白が基調です。

















現在なつかしの稚内ということでパネル展示が行われています。写真や地図などが飾られています。

















もう一つ個人的に残念なのは、立ち食いそば屋さんがなくなることです。新駅舎には移転しないそうで、駅名物がなくなってしまいます。早朝の駅待合いに入ると、あの醤油の独特な香りが漂いつい「かけそば~」と頼んでしまう。。。寂しいですね。



2011年3月30日水曜日

積雪 0cm


本日ニュースで「稚内の積雪 0です」と発表されました。ご覧の通り、先週雪割りなどして、日向や道路などには確かに雪はありませんが、まだまだ日陰には多くの雪が積もっています。

今週末は、雪の予報も。。。

2011年3月18日金曜日

お願い

このたびの地震によって印刷に関します資材調達に支障をきたしております。
納期及び代替品の使用などでお客様各位に、お願いをせざる得ない場合が
生じておりますので、何卒ご理解を賜りますようお願い申し上げます。

詳しくは下記へ
http://www.wakkanai-printing.co.jp/info.html

2011年3月16日水曜日

広報わっかない 3月号

広報わっかないを先日納品しましたので、市内各家庭に
配布になっていると思います。
今回の表紙は「稚内サハリン館」のボーカルがメインです。
是非、副港市場で行っているロシアの歌と民族舞踊を
ご覧になってください。

2011年3月14日月曜日

東日本大震災

被災された皆様にお見舞いを申し上げます。

この週末、TVに釘付けになっていました。
しかし、長い時間見ていると疲れてしまうほど悲惨な場面が流されていた。
見ていて、90年の湾岸戦争、01年の9.11同時多発テロのときのように
なにか映画を見ているような錯覚、覚めて見ている自分が怖い気がしました。

稚内は何の影響もなく、市が企画されていた「環境フェスタ」が
ゲストなどが東京方面からくることなどから、延期(中止)されました。
地震・雷・火事・親父というが、津波の恐ろしさを改めて知りました。

yahooにこのようなニュースが報道されていました。
「早く逃げてください」--。
街全体が津波にのみ込まれ約1万7000人の人口のうち、約1万人の安否が
分からなくなっている宮城県南三陸町は、町役場が跡形もなくなるなど壊滅した。
多くの町職員や警察官、消防職員が行方不明となったが、
その中に津波に襲われるまで防災無線放送で住民に避難を呼びかけた
女性職員がいた。

「娘は最後まで声を振り絞ったと思う」。

同町の遠藤美恵子さん(53)は、避難先の県志津川高校で涙を浮かべた。
娘の未希(みき)さん(25)は町危機管理課職員。地震後も役場別館の
防災対策庁舎(3階建て)に残り、無線放送を続けた。 
難を逃れた町職員(33)によると、地震から約30分後、高さ10メートル以上の
津波が町役場を襲った。
助かったのは10人。庁舎屋上の無線用鉄塔にしがみついていた。
その中に未希さんはいなかった。 
遠藤さんは「(生き残った職員から)『未希さんが流されるのを見た』という話を
聞いた。もうダメだと思う」とつぶやいた。

地震直後、遠藤さんの知人、芳賀タエ子さん(61)は
「6メートル強の波があります。早く逃げてください」という未希さんの放送の
声を聞きながら携帯電話だけを持ち、着の身着のままで車で避難所の
志津川高校のある高台を目指した。
停電で信号が動いておらず、周辺道路は渋滞していた。
高台への道路を上がる時、振り向くと渋滞の列からクラクションが鳴り響き
その背後から津波が家屋などをなぎ倒しながら追いかけてくるのが見えた。 
芳賀さんは懸命にアクセルを踏み、数十メートルの高さの高台に逃れた。
車を降りて避難所の階段を上がった。遠藤さんもたまたま避難していた。 
芳賀さんは遠藤さんの手を握って言った。
「娘さんの声がずっと聞こえたよ」

まさしく命を使った仕事、「使命」を全うした話です。
稚内に関わりのある史実で、1945年の第二次世界大戦終了間際の
樺太真岡郵便局の電話交換手が、同じように最後まで仕事を全うした
話(映画氷雪の門)があります。


いまだ発見されていない多くの方々の一日も早い発見を祈ると同時に
犠牲になられた皆様に哀悼の意を表します。

2011年3月5日土曜日

稚内サハリン館


何年振りでしょう復活した「稚内サハリン館」。
ロシアからアンサンブルが来て歌と踊りを披露してくれています。
バラライカの音色は素敵ですよ。
(副港市場にて)
詳しくは ↓

訃報

稚内出身で画家の高橋 英生さんが84歳の生涯を閉じられた。 32歳で旧国鉄を退職しパリや札幌で活動。 2003年からは勇知でカフェとアトリエを営み活動を続けていた。 利尻富士を望む景色の良いカフェには、休日寄らせていただき 気さくな奥様を交え 美しい宗谷や...